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事務所の歴史

1979年予防接種禍訴訟、福岡でも提訴。
全国での炭鉱じん肺訴訟の先がけとなる長崎北松じん肺訴訟、長崎地裁佐世保支部に提訴。
免田事件、6回目の再審請求で、ついに再審開始決定。
1978年カネミ油症事件訴訟、第一陣福岡地裁で勝訴判決。
237人死亡の三井山野鉱ガス爆発事故、損害賠償請求提訴。
共産党スパイ摘発弾圧事件で高裁、「警察のスパイは違法」との判決。
1976年福岡空港騒音公害訴訟提訴。
1975年ひとり暮らしの老人も公営住宅への入居を求める「ひとり暮らし裁判」提訴。
「同和行政の窓口一本化」取消訴訟提訴(以後、1980年まで同様の訴訟は49連勝し、同年、福岡市はついに「窓口一本化」を撤廃)。
1973年水俣病第1次訴訟で、患者が熊本地裁で勝訴判決。
薬害スモン事件で、1971年の東京に続き、福岡地裁でも国と製薬企業を相手に提訴(薬害裁判史上特筆すべき地位を占める大規模薬害訴訟であるスモン訴訟は全国30以上の地裁で闘われ、被害者救済だけでなく薬事法改正などの成果を上げた。なお、福岡スモン訴訟は1978年、全面勝訴判決)。
死者458人を出した1963年の三池炭鉱三川鉱の炭塵爆発による遺族とCO(一酸化炭素)中毒患者422名を原告としたマンモス訴訟を福岡地裁に提訴(1987年に和解成立)。
1970年国内最大の食品公害であるカネミ油症事件で原因企業と国を集団提訴(全国統一第1陣。以後順次提訴)。

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