はじめに
今年最初の当事務所ホームページの「弁護士記事」として、刑事裁判の量刑についての記事を書きました。
量刑とは,刑事裁判において、被告人に有罪判決を言い渡す場合、刑の種類(死刑や懲役刑、罰金刑など)や重さ(期間や金額など)を決めることをいいます。
詳しくは,拙稿の2026年1月9日付け弁護士記事「刑事裁判の量刑について少し考える」https://www.f-daiichi.jp/blog/tomo_mouri/5919/をぜひご覧下さい。
前の記事では,刑事裁判の量刑の一般的な決め方を説明した上で,量刑は果たして適切かとして,実際に私自身が昨年刑事弁護をしたわずかな事件を見るだけでも,量刑に疑問を抱くケースがあることを報告しました。
そして,その記事掲載から2週間も経たないうちに,あの安倍晋三元首相銃撃事件の被告人に判決が言い渡されました。
今回は,この事件の判決をもとに,刑事裁判の量刑についてもう少しだけ考えてみたいと思います。
安倍元首相襲撃事件の社会的影響と裁判の争点
この事件は,2022(令和4)年7月8日,奈良市内で参議院選挙の選挙演説中だった安倍元首相が,山上徹也被告人(以下「山上氏」)に手製銃で銃撃され死亡したものです。
山上氏は,「母親が統一協会の信者で、教団に多額(1億円以上)の献金をしたことによって生活が破綻し,自分の家庭が崩壊した」「そのため教団に強い恨みを抱いていたが、教団の韓鶴子総裁(創設者の妻)を殺すことができなかったため、かわりに教団との関わりが深く影響力のある安倍元首相を狙った」などと供述したことから,事件は,統一協会が信者に高額な壺や印鑑などを購入させる霊感商法や高額な献金をさせる問題など教団の反社会性に改めて注目を集めさせるとともに,長年にわたる安倍元首相ら自民党政治家と統一協会との底知れぬ癒着を明るみに出すことになりました。
そして,殺人罪などの罪に問われた山上氏は,一部事実関係に争いはあるものの犯行の主要部分を認めたことから,裁判の争点は,山上氏の量刑,すなわち,統一協会により家庭崩壊をした山上氏の生い立ちの影響や,教団への強い恨み・怒りを抱いていた山上氏の犯行に至る動機や経緯をどこまで量刑上考慮すべきかという点にありました。
安倍元首相襲撃事件の判決内容
安倍元首相襲撃事件の判決は,2026(令和8)年1月21日に奈良地方裁判所の裁判員裁判で言い渡されましたが,この事件で最も注目された「山上氏の生い立ちや犯行に至る経緯」等の情状を踏まえた量刑について,弁護側,検察側の主張,それに対する裁判所の判決の内容は以下のようなものでした。
【弁護側】
山上氏は、宗教が関わった虐待の被害者であるという視点が必要不可欠だ。統一協会が山上氏の母親に対して行った違法な献金勧誘活動によって、悲惨というほかない家庭の不幸が生じた。山上氏や兄妹は成長の糧となる経済的基盤を奪われ、家族間に修復できない葛藤が生じ、家族は崩壊した。宗教2世の問題は社会問題として置き去りにされていた。山上氏らは声をあげることができなかった。
山上氏は,統一協会を恨みながら自死した兄のことを思い、他方で信者の観点から一歩も出ようとしない、兄の死を冒瀆するように感じられる母の言動に接し,改めて家族の悲惨をもたらし、自分の人生を根こそぎ奪った統一協会に打撃を与えるために幹部の殺害を決意した。それが不可能とみるや、統一協会と最も関係が深いと認識されていた安倍元首相に標的を向けた。悲惨な生活上の経験は犯行と一直線に結びついている。事件の経緯を踏まえれば,重くても懲役20年までにとどめるべきだ。
【検察側】
山上氏が使用したパイプ銃は殺傷能力が極めて高いにもかかわらず、発射された弾丸がどこに飛んでいくか分からない危険なものだった。犯行時、現場付近には約300人もの聴衆がいた。多くの生命に被害が出てもおかしくない類例を見ないほど危険な行為だった。犯行態様は卑劣極まりなく、著しく悪質だ。人的被害が1人であっても、危険性の大きさに着目して刑を決める必要がある。山上氏は犯行の1年6か月前から殺害目的で鉄砲や火薬の製造を開始した。人の生命を奪うという点で計画性が高い。被害者に向けて2度の発射操作をして計12発もの弾丸を発射するなどの事情からも強い殺意が認められる。元首相が応援演説中に白昼堂々、大勢が見守る中で銃殺されたという戦後史において前例を見ない極めて重大な事犯で、社会に甚大な衝撃を与えた。模倣性が高く、社会的影響は極めて大きく,結果は極めて重大だ。山上氏が統一協会に対する怒りの感情を持ったこと自体は家庭の状況から理解できる点もあるが、犯行動機は短絡的かつ自己中心的で、人命軽視も甚だしい。
山上氏が統一協会幹部の襲撃を具体的に考え始めたのは兄の死が大きい。被害者殺害の意思決定をしたのは、経済的逼迫から、このままでは統一協会への襲撃ができなくなると焦り、その代替として急きょ対象を変更したことによるもので生い立ちが犯罪の意思決定に与えた影響は極めて限定的だ。戦後に著名な政治家が殺害され、刑事裁判になった2件はいずれも無期懲役が確定した。過去の量刑との均衡や、不遇な生い立ちなど被告に有利な事情を最大限考慮しても、無期懲役より軽い刑を選択する余地はない。
【裁判所】
隙を狙って背後から安倍元首相を襲撃するなどした犯行態様は卑劣で、極めて悪質だ。安倍元首相が死亡した結果は重大だ。山上氏は約300人の聴衆が密集する犯行現場で2回にわたって複数の弾丸を発射した。公共の静穏や安全を大きく脅かすもので、極めて危険で悪質な犯行である。
山上氏は幼少期に父が自死し、兄が重病を抱える不安定な家庭環境で、統一協会に入信した母の言動などもあって、家庭内で安息の場所を得られなかった。その生い立ちは不遇な側面が大きい。幼少期から青年期にかけての各種体験が、人格形成や思考傾向に一定の影響を与え、犯行の背景や遠因となったこと自体は否定できない。しかし、現実に殺人行為で他者の生命を奪うと決意し、手製銃などの製造を実行する意思決定に至ったことには大きな飛躍があり、生い立ちの影響を大きく認めることはできない。
山上氏は,自身の都合を優先させて襲撃を決意したもので、安倍元首相には被害を正当化できるような落ち度は何ら見当たらない。短絡的で自己中心的な意思決定過程についても生い立ちの大きな影響は認められない。
山上氏が犯行を決断したことは山上氏自身の意思決定にほかならず、意思決定過程には強い非難が妥当する。動機や経緯について大きく酌むべき余地は見当たらない。
安倍元首相に殺意を持って2回にわたり発砲した悪質性および危険性の高さは他の事件に比べても著しく、最も重い部類に属する。危険性や計画性の高さ、生い立ちは大きく影響しておらず酌むべき余地も大きくないことなどを踏まえると、無期懲役が相当と認められる。
安倍元首相襲撃事件の判決の量刑は適切か
安倍元首相襲撃事件における無期懲役の判決は,前回の弁護士記事でも説明したとおり,裁判所が量刑を決めるにあたっては,被告人が実際に行った犯罪そのものに関する事情(犯情)を重視するという「行為責任の原則」という考え方に基づいたものであることが明らかです。
すなわち,判決は,具体的な犯行の危険性や悪質性といった犯行態様を極めて重視し量刑の大枠を決めた上で,山上氏が統一協会により悲惨な被害を受けたという不遇な生い立ちについては,「人格形成や思考傾向に一定の影響を与え、犯行の背景や遠因となったこと自体は否定できない」としつつも,その影響を限定的だと判断して,「山上氏が宗教虐待の被害者であるという視点が必要不可欠」だとか「悲惨な生活上の経験は犯行と一直線に結びついている」といった弁護側の主張は量刑上あまり大きく考慮されませんでした。
確かに,山上氏やその家族をどん底に追い詰めた加害者は統一協会であって,安倍元首相に直接的な責任はなく,いかに山上氏の宗教的被害を強調したとしても今回の犯行が正当化されるはずはありません。
しかし,他方で,統一協会の反社会性と自民党ら政治家との長年の癒着という厳然たる事実や社会的背景がなければ,あるいは宗教2世の被害実態にもっと早く社会が救いの手を差し伸べていれば,この悲惨な事件はそもそも起きなかった可能性が極めて高いのではないかと考えずにはいられません。その意味では,無期懲役という司法判断には,社会が統一協会による深刻な被害を見過ごしてきた責任に対する反省という視点は欠落しているのではないでしょうか。
山上氏は,一審判決を不服として大阪高等裁判所に控訴しました。
一方で,統一協会を巡っては,今月4日,東京高等裁判所が,教団側の即時抗告を棄却し,教団の解散を命じる決定を出しました。統一協会の解散命令は,山上氏の事件なくしてはあり得なかったものであり,改めて,この事件の社会的な影響力の大きさに思いをいたすとともに,一日も早く被害者の救済が進むことを願うばかりです。