配転命令無効判決を勝ち取り元の職場に完全復帰した事例
はじめに
最近、私が訴訟代理人として担当したある労働事件において、配転命令の無効判決を勝ち取り、無事に元の職場に完全復帰するという成果を得ることができましたので、その概要を記しておきたいと思います。
この事案は次のようなものでした。原告として裁判をたたかった方は、自分の母校である学校法人において20年以上にわたって数学の先生として勤務していました。ところが、ある日突然、あらぬ口実を付けて不当解雇されたためこれを争い、数年の訴訟を経て、無事、解雇無効判決を手にしました。そこで、当然に教壇に復帰できるものと期待していたところ、学園は一向に教壇に復帰させず、業務命令を発令して約9か月間にわたり自宅待機させた上、突然、同一の学校法人が経営する遥か遠方の土地にある学校に勤務するよう配転命令を行ってきたのでした。
配転命令の有効性に関する判断枠組み―東亜ペイント事件最高裁判決の判例法理
最高裁東亜ペイント事件は、使用者が配転命令を行うためには労働契約上の根拠が必要であるとの前提に立った上で、配転命令権の有効性に関して、①配転命令に業務上の必要性が存しない場合、または、業務上の必要性が存在する場合でも、②他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、もしくは、③労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情が存在する場合でない限りは、配転命令権の行使が権利の濫用になるものではない、との判断枠組みを示しました。
この判断枠組みは、①ないし③のどれかが認められれば配転命令は権利濫用になる、とするのではなく、①ないし③のどれかが認められる等、特段の事情が存在する場合でない限りは、権利濫用にはならない、とする言い回しに表れているとおり、使用者側に広範な裁量権を認めるものとなっており、労働者にとって厳しすぎる判断基準であるといわざるをえず、今後改められる必要があると考えられます。しかしそうはいっても、この最高裁の判断枠組みは、今日の裁判所の判決における判断の基準となっている実態にあることから、私が担当した上記の事件においても、学園が原告に対して行った配転命令はこの東亜ペイント事件最高裁判決に照らしても権利濫用として無効であるとの主張を展開してたたかいました。
地裁判決について
私が担当した前記事件において、一審の地裁判決は、判断枠組みとしては東亜ペイント事件最高裁判決を採用し、配転の必要性については配転先の学校で欠員が生じていることからこれを肯定した上で、概略次のとおり判決しました。「原告は、20年以上にわたって本件学校で数学教員として勤務してきたところ、解雇を通知され、本件学校から排除され、本件解雇が無効である旨の前件控訴審判決が確定し本件学校に復帰すべき状況が明らかになったにもかかわらず、その後も約9か月間にわたり、本件学校に復帰させてもらえず、本件学校への敷地内への立ち入りすら禁じられた状態が継続し、これまで一般の教員が本件学校から今回の配転先の学校に異動となった例は窺われない中で、異動についての何らの意向の聴取等も行われずに本件配転命令を受けるに至ったという一連の経過及び本件配転命令の業務上の必要性はないとはいえない程度に留まることに照らせば、本件配転命令が、業務上の必要性とは異なる、不当な動機・目的をもってなされたことが強く窺える上、原告に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものといわざるを得ない。」として、本件配転命令が権利濫用であり無効であると適切に判示しました。
高裁判決について
高裁判決も、配転命令の権利濫用について、東亜ペイント事件最高裁判決が示した配転法理に基づき、概略次のように判決しました。「学園は、本件解雇が無効である旨の前件控訴審判決が確定した後、本件配転命令までの約9か月間にわたって、被控訴人に本件学校の授業を担当させないだけでなく、本件学校の敷地への立入りも禁止し続けたのであるから、被控訴人に就労請求権がないとしても、合理的な理由なく本件学校の職員の中で被控訴人だけを拒絶し続けていたというべきである。そして、配転先の学校において数学科の教員に欠員が生じるとしても、教員を補充しなければならない強い必要性があったわけではない。また、学園は、本件配転命令をした当時、本件学校に被控訴人のほかに11名の数学科の教員が在籍していたにもかかわらず、被控訴人以外の教員を異動の候補者とすることを検討したとは認められず、被控訴人に何ら意向聴取等をすることなく本件配転命令をしたものである。これらによれば、学園は、本件解雇を巡って対立していた被控訴人を本件学校から排除するとの不当な動機・意図に基づいて本件配転命令をしたものと推認されるから、本件配転命令は、権利を濫用したものとして無効というべきである。」と的確に判示しました。
考察
前述のとおり東亜ペイント事件最高裁判決が示している配転法理が、配転無効を争う労働者にとって厳しすぎるともいうべき高いハードルを設定している中、一審及び控訴審の各判決は、この事案における法人の不当な意図を的確に見抜いて本件配転命令が権利濫用であり無効であるとの判断を示しました。本件の事案のような酷い配置転換が是認されるようなことがあってはならないのは言うまでもなく、各判決が本件配転命令が権利濫用であり無効であるとの判断を示したことは、私たちの感覚ないし常識に合致し、健全な社会通念に合致する極めて妥当なものであると評価することができます。そして、最高裁も高裁判決を是認して学園の上告を受理しなかったことにより、地裁高裁の判断は最高裁においても維持されました。
そもそも本件は、原告となった先生が先のたたかいにおいて解雇無効闘争の勝利を勝ち取っていたのですから、労働者に就労請求権が認められていれば起こらずに済んだ紛争であったということができ、働く者の就労請求権自体を認めていない現在の判例の妥当性自体が、改めて真剣に問い直されるべきではないかと思います。この点、本件の高裁判決が、就労請求権がないことを口実として職場への立入りを禁止する中で行った本件配転命令が不当な動機・意図に基づく無効なものである旨の判断を示したことは、労働者の就労請求権について再考する契機として位置づけることができるのではないかと思います。
この裁判のたたかいにおいて原告の先生とこれを支援してきた労働組合や地域組織の人々が手にした地裁及び高裁の各判決は、今後の配転を争う事案において労働者にとって有利な先例となることは間違いありません。