「偽装請負」について
はじめに
近時、「偽装請負」という言葉をよく耳にします。派遣労働者を使用する場合、労働者派遣法の定める厳格な規制を受けなければなりませんが、この規制をかいくぐるために、形だけ「請負」の形を装って派遣労働者を使用するという違法行為が偽装請負です。偽装請負の下では、派遣労働者は本来受けることができるはずの法的保護が受けられず、また偽装請負の形で違法派遣を受ける会社の労働者にとっても、正規社員が削減され常用代替が進んで労働条件低下にもつながっていくという重大な問題が生じます。
労働者派遣法について
ふつう「労働者派遣法」と呼ばれている法律の正式名称は、「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律」といいます。2012年改正において、法律の名称に「労働者の保護」という文言が明記されました。同法の目的としては、①労働者派遣事業の規制、②常用代替防止、及び③派遣労働者の保護、の3点を挙げることができます。
厚労省は、労働者派遣法の運用に関して「労働者派遣事業関係業務取扱要領」を設けており、厚労省ホームページから入手できます。この取扱要領は、実務に大きな影響を与えていますので、たとえば偽装請負問題を検討する際も参考にする必要があります。
労働者派遣の概念と類似の労務供給
ある労働者派遣が「偽装請負」に当たるかどうかを検討するに際しては、まず「労働者派遣」の概念を理解すること、及び労働者派遣と類似する労務供給の概念を押さえておくことが必要です。「請負」、「出向」の形式を用いながら、実態として労働者派遣又は労働者供給と評価される労務供給については、形式の如何を問わず、本来、「労働者派遣法」又は「職安法」が適用されなければならず、これを免れるために「請負」や「出向」を装うのは違法です。
以下においては、派遣労働者の概念及び労働者派遣と類似の労務供給について整理します。
「労働者派遣」の概念
労働者派遣とは、「自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させることをいい、当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まない」ものをいいます(派遣法2条1号)。すなわち、①派遣元と派遣労働者との間に雇用関係があり、②他人(派遣先)の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させ、③労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まない、という3つの要件から構成されます。このうち、③の要件は、あとでみる出向(在籍出向)との違いを明らかにするために設けられた要件です。
労働者派遣と類似の労務供給(その1)-労働者供給事業
労働者供給とは「供給契約に基づいて労働者を他人の指揮命令を受けて労働に従事させることをいい、労働者派遣法第2条第1号に規定する労働者派遣に該当するものを含まないものとする」というものです(職安法4条8項)。具体的には、供給労働者と供給元との間に「雇用関係がある場合」と「事実上の支配関係がある場合」の両方を含む。また、供給先と供給労働者との間に「雇用関係がある場合」及び「事実上指揮命令の下に労働させる場合」の両方を含みます。
(1)「労働者供給」と「労働者派遣」の関係(派遣労働者の除外)
本来、供給元・労働者との間に雇用関係があり、供給先・労働者との間に指揮命令関係があるものも、労働者供給事業に該当することになります。しかし、上記のとおり職安法4条8項は労働者派遣法2条1号の労働者派遣(自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させること)に該当する場合を労働者供給から抜き出して、職安法でなく労働者派遣法の適用対象としています。(供給元と労働者の間に雇用関係があるばあいは労働者供給の弊害が生じる恐れが少ないとの考えからであるとされています。)
供給元と労働者の間に雇用関係がある場合であっても、供給先に労働者を雇用させることを約して行われるものは、労働者派遣に該当せず、労働者供給となります。この点で、出向(在籍出向)が職安法44条の禁止する労働者供給事業に該当しないかどうかが問題となります。
(2)職安法44条による「労働者供給事業」の禁止
労働者供給は、労働者の地位が不安定になりやすいという歴史的な背景から、職安法44条は、労働者供給を「事業」(同種行為を反復継続の意思をもって行うこと)として行うことを禁止しています(許可を受けた、無料の労働者供給事業(職安法45条)を除く)。
職安法44条に違反した場合は、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金となります(職業安定法64条10号)。 労働者供給を行った側だけではなく、労働者供給を受けた側も罰則の対象となります。
職安法67条は、「法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関して、第63条から前条までの違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人又は人に対しても、各本条の罰金刑を科する。」と規定しています。
労働者派遣と類似の労務供給(その2)-請負
(1)「適正な請負」と「偽装請負」
適正な請負事業においては、労働者に対する具体的な指揮命令は専ら請負人に委ねられています。しかし、請負人による労働者への指揮命令がなく、注文者が労働者に対して直接具体的な指揮命令を行って作業をさせているような場合において、注文者と労働者の間に労働契約がない場合には、労働者派遣法2条1号の労働者派遣に該当するものと解されます。これが、「偽装請負」です。
偽装請負に該当する場合、派遣法違反の問題(無許可の労働者派遣事業(5条1項違反)など)の問題が生じます。無許可での派遣事業の実施に対しては、1年以下の拘禁刑又は100万円以下の罰金が処せられます(59条)。
(2)注文者が行う指図と請負人が行う指揮命令との区分(派遣請負区分基準)
しかしながら、<労働者派遣における指揮命令>と<請負における注文者の指示等>との区別は微妙な場合も存すると考えられ、注文者が行う指図と請負人が行う指揮命令とを区分することは実際上困難な場合が少なくないため、適正な請負か偽装請負かの判断も単純にはいかないことが多いのが実情です。
このため行政は、昭和61年労働省告示37号告示「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準」(派遣請負区分基準(37条告示))を設けています。そして請負事業が多種多様となった現状に合わせて、厚労省により質疑応答集が現在第3集(2021年10月)まで出されています。
派遣請負区分基準によれば、請負事業者は、①自己の雇用する労働者の労働力を自ら直接利用するものであること(指揮監督性の要件)、②請負った業務を自己の業務として相手から独立して処理するものであること(独立性の要件)が必要であり、このいずれか1つでも充足しない場合は、労働者派遣事業に該当するとされています(37号告示2条)。
また、これらの基準を満たす場合であっても、それが派遣法違反を免れるために故意に偽装されたものであって、その真の目的が労働者派遣を行うことにあるときは労働者派遣事業に当たるとしています(同告示3条)。
(3)アジャイル型開発について
いわゆる「アジャイル型開発」と呼ばれるシステム開発(開発要件の全体を固めることなく開発に着手し、開発途中でも要件の追加や変更を可能としつつ、発注者と受注者の間でシステムを作り上げていく手法)があります。これが労働者派遣と適正な請負などのいずれに該当するかについて、厚労省は、対等な関係の下で情報共有、助言・提案等を行い、受注者側が自律的に判断して開発業務を行っていれば適正な請負等といえるが、実態として、発注者側が受注者側の担当者に対し、直接、業務遂行方法や労働時間等の指示を行うなど、指揮命令があると認められる場合には、偽装請負と判断されることになるとしています(質疑応答集・第3集)。
労働者派遣と類似の労務供給(その3)-出向(在籍出向)
(1)出向(在籍出向)は労働者派遣に該当しない
出向(在籍出向)とは、使用者(出向元)と出向を命じられた労働者との間の労働契約関係が終了することなく出向元の包括的な労働契約関係の下にありながら、出向を命じられた労働者が出向先の指揮命令に従って一定期間労働に従事するものをいいます。
出向(在籍出向)においては、「出向元事業主」及び「出向先事業主」双方との間に雇用契約関係があります(出向先事業主と労働者との間の雇用契約関係は通常の雇用契約関係とは異なる独特のものであるといわれています)。
この在籍型出向については、出向元事業主との間に雇用契約関係があるだけではなく、出向元事業主と出向先事業主との間の出向契約により、出向労働者を出向先事業主に雇用させることを約して行われていることから(この判断は、出向、派遣という名称によることなく、出向先と労働者との間の実態、具体的には、出向先における賃金支払、社会、労働保険への加入、懲戒権の保有、就業規則の直接適用の有無、出向先が独自に労働条件を変更することの有無をみることにより行う。)、「労働者派遣」には該当しないものとされています(業務取扱要領第1の1⑷ニ、派遣労働者の概念(派遣法2条1号参照)。
(2)出向(在籍出向)が労働者供給事業に該当する危険性
出向(在籍出向)は、上記のとおり、労働者派遣に該当するものではないとされていますが、その形態は、労働者供給に該当します。
したがって、その出向が「業として行われる」ことにより、職安法44条により禁止される労働者供給事業に該当するケースも生じえます。
この点、業務取扱要領の第1の1⑷ホは、「在籍型出向と呼ばれているものは、通常、①労働者を離職させるのではなく、関係会社において雇用機会を確保する、②経営指導、技術指導の実施、③職業能力開発の一環として行う、④企業グループ内の人事交流の一環として行う等の目的を有しており、出向が行為として形式的に繰り返し行われたとしても、社会通念上業として行われていると判断し得るものは少ないと考えられる」としています。
しかし、在籍出向の形をとりつつ、出向元が労働者を反復継続して出向させて業務を行わせ、そのことによって出向先から利益を得ているような場合には、労働者供給事業として職安法44条違反となりうると考えられます(水町・労働法(第4版)444頁)。
