もはやAIと無縁に生きていくことはできなくなっているという現実
気づいてみると、このところAIという単語を耳にしない日はほとんどありません。実際、私たちは全く気付かないところでAIの恩恵を受けているものと思われます。言い換えれば、私たちはもはやAIと無関係に生きていくことはできない環境にどっぷり浸かっているというのが現実です。
AIとはそもそもなんなのか
AIを略さずにいうと、アーティフィシャル・インテリジェンス(Artificial Intelligence)。直訳すれば、人工的な知能(人工知能)ということでしょうか。コンピュータが20世紀半ばに人類社会に登場してすぐに、単に計算するだけではなく人間と同程度の「知能」を持った機械が近く出現するであろうという発想の下、1956年にこの名称が生まれたとのことです。
ただ、人工知能の発想は、もっと以前からあったようで、哲学者たちは300年以上前からその可能性を考えていたとされます。ホッブスは『リヴァイアサン』の冒頭で「考えるとは、計算することである」と述べて理性的な人工人間artificial manを作り出すことができると述べており、またパスカルは1645年に機械式計算機を発明して人工知能の存在を予測しその基礎的発想を確立したとされています。さらにライプニッツは1670年代に機械式計算機を作り、今日のコンピュータの基礎理論である2進法を確立したといいます。
今日のコンピュータ社会はこのような人類の英知の蓄積の上で展開されているのだということをあらためて思います。
第3次AIブームに至るまでの変遷
20世紀に入ってからのAIの変遷をみると、第1次AIブームは1950年代後半に起こり、そこでは「推論」、すなわち人間が既知の知識をもとに思考する過程を記号で表現する試みが中心で、オセロやパズルを解くことが行われたが広大で複雑な現実世界には応用できないということでブームは一旦終息したとされます。第2次AIブームは、1980年代に起こり、そこでは論理計算よりも常識や体験を重視して人間の専門家の代わりを務める人工知能の構築に向かいましたが、あらかじめすべての可能的選択肢を論理的に書き出しておくことの困難に直面して挫折したとされます。そして第3次AIブームが2010年代に起こり今日まで続いています。今日の第3次AIブームは、「統計と学習」が中心となっており、ディープラーニング(深層学習)とビッグデータを組み合わせたパターン認識の段階に入ったと言われています。
AIおそるべし
こうして今日、AIは「学習する」機械という段階に入って、飛躍的な(超人的な)能力を発揮するに至っているとされます。すなわち、自らのアルゴリズムに基づいてデータの構造やパターンを自動的に学習し、自律的に分析・分類・検知などを行えるようになってきており、また多層のニューラルネットワーク(人間でいえば脳内の複雑な神経回路)を利用し、データから特徴を自動的に抽出して問題を解決することができ、ビッグデータを用いて応用的に活用することもできるようになってきているといわれています。
AIがこのレベルまで進化してくると、AIの故障や誤作動は甚大な被害を生む可能性が容易に考えられます。したがって、今日、もはやAI開発は、「未知への挑戦」という素朴な発想に委ねることは許されない段階にきていることは明らかです。
AIに対する規制がなされなければどのようなリスクが生じるかについては次のようなことがいわれています。
・フェイク情報やディープフェイクで世論や選挙がねじ曲げられる
・差別的な判断をするAIが「ブラックボックス」のまま使われる
・個人情報や機密データが不適切に収集・分析・流出する
・自動運転や医療などで事故が起きても責任があいまいになる
・高度なAIが悪用され、大規模な安全保障リスクにつながる
AI規制の状況
AIに対する規制の大きな流れは、AIの危険な使用については規制をかけながら、AIを活用することが便利と考えられる分野にはその使用を拡大・促進するというものが基本的な方向性となっているようです。その代表的なものとしては、2024年に成立したEUの包括的なAI規正法であるEU AI Act を挙げることができます。これは、用途ごとのリスクに応じて「禁止」「厳しいルール」「比較的ゆるいルール」に分けて管理する内容となっているようです。
一方、日本においては、昨年2025年9月1日に「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」が施行されていますが、EUのような包括的な規制となっておらず、政府は、既存の法体系と組み合わせて対応し、事業者の自主的な対応が期待できないものに限定して追加的な法的規制を検討する方針をとっているとされていますが、やはりもっと本格的にきめ細かい規制を考える必要があるのではないでしょうか。
私が一番おそろしいとおもっていること
先ほど、AIを規制しないことのリスクについて数項目を挙げましたが、むしろ私が一番恐ろしいと思っていることは、AIに頼り切って「自分の頭で思考しない」ようになってしまうことです。無自覚なうちに、案外、依存は既に深刻なレベルにまで進んでいるかもしれません。「合理化」「省力化」という名のもとに、自分の「思考」、ひいては自分の「思想」まで省力化してしまわないようにしなければならない、そう思います。
あなたは、AIとどう向き合っていこうと考えていますか。
2026年6月1日(月)