1.『野口英世』の感動再び
ポプラ社の子供向けの伝記本の『野口英世』を配偶者の実家の書棚で見つけて小学校2年生の時以来で読み返しました。母シカが目を離した隙に乳児の清作(英世の幼名)が囲炉裏に落ちて左手に大火傷を負いハンディを負います。「てんぼう」とからかわれるのが嫌で学校に行かず裏山で過ごしている所をシカに見つけられますが、彼女の愛情と励ましから勉強に励み、低学年の指導を任される「生長」先生になります。隣町の高等小学校の教師の小林先生の援助を受けて高等小学校に進学し、自らのハンディから将来が望めないという作文にうたれた教師や校友のカンパで外科手術を受けて成功します。この体験から自分も人を救う医師になることを志し、周囲の人々の援助を受けて世界的な細菌研究者に上り詰めます。15年ぶりの帰国で故郷に錦を飾り、母シカと再会する場面など(ほとんど文字が書けなかった母シカが、アメリカで活躍する英世に会いたい一心で手紙を書き、「早く帰ってきてくだされ」と伝えたことがきっかけだそうです。)・・私の子供時代に刺さったことを思い出します。
通訳をしたフレキシナー博士の社交儀礼を真に受けて単身渡米して博士の懐に潜り込み、後にその知遇を得てロックフェラー研究所の研究員になるなどバイタリティを発揮して道を開いたことや、人間的な欠点として金銭面にルーズだったりしたことも遠慮気味ですが描かれていました。また、研究者としては梅毒スピロヘーターの発見や蛇毒の研究が主なものであり、成果と誤解されている黄熱病の研究は途半ばであったことは巻末の解説で述べられています。
昨今の子ども向けの伝記本は、昔からの野口英世、夏目漱石、エジソン、キューリー夫人(この表記もマリー・キューリーに変わるそうです)などに加えてアインシュタイン、ケネディ、マザーテレサ、渋沢栄一などもラインアップされており、時代を感じます。
2.少年の成長を描いた傑作『次郎物語』
福岡市大名の古本屋で『次郎物語』上中下3巻セットを見つけて、中学2年生の時以来の再読をしました。
昭和初期、次郎は、幼少期に孟母三遷の教えを実践しようとする母の方針によって、小学校の校番の妻「お浜」を乳母として預けられます。次郎は6歳で家族のもとに戻されますが、祖母は次郎の兄弟を可愛がるが次郎を差別し、また、母親になじめないことから、兄の通学用カバンを便所に捨てるなどの問題行動を起こします。役所勤めのため週末だけ帰宅する父親だけが理解者でした。そのため母の実家(正木家)で温かい人々に見守られながら成長します。母とは死別する際に和解をします。その後、中学校に上がってから自由主義者の朝倉先生と出合い、人間的成長を遂げていきます。
第四部、第五部は、五・一五事件、二・二六事件が起きた軍国主義の時代で、次郎が手伝う朝倉先生の友愛塾にも危機が迫ります。「無計画の計画」、「摂理」、「白鳥、蘆花に入る」の言葉が次郎の内面で反復されるあたりは、社会教育家としての作者(下村胡人)の面目躍如という所で、『君たちはどう生きるか』を想起させます。終盤では人間的な器の大きい年上の塾生・大河無門に圧倒され、兄の婚約者とされる道恵への恋心で千々に乱れる描写は痛々しいものです。
作者はあとがきで「戦争末期の次郎を第六部、終戦後数年たってからの次郎を第七部として描いてみたい」との構想があったものの、1955年に死去したため未完に終わっています。大変残念だと言わざるを得ません。
3.実母と離れて暮らす少年物と言えば『しろばんば』
大正初期の伊豆・湯ヶ島を舞台に、実の両親がいるものの、曽祖父の妾であった「おぬい婆さん」に「土蔵の家」で育てられた洪作の幼少期から少年時代を描いた井上靖の自伝的作品です。
おぬい婆さんの「がばい婆ちゃん」ぶりや洪作との固い絆、豊かな自然の中での様々な経験を子ども目線で描いています。馬車、軽便鉄道、汽車で遠方の親類を訪問する際には、部落をあげて見送りを受ける場面が何度も出てきます。若い叔母さき子への思慕と別れ、あき子や蘭子に異性を意識する心理描写も瑞々しいです。本作品は、おぬい婆さんとの別れまでを描いており、この作者の作品全般に言えることですが文章も非常に平易で読みやすいです。
続編の『夏草冬濤』や『北の海』、少年時代をエッセイ風に描いた『幼き日のこと 青春放浪』、『あすなろ物語』、作者が長じて老いた母の面倒を見る『わが母の記』という井上靖の自伝的作品群は面白く読みごたえがあり読書の秋にふさわしいものだと思います。
『次郎物語』や『しろばんば』のように主人公がさまざまな体験や試練を通じて内面的な成長を遂げ、自己を形成していく過程を描く文学のジャンルを「教養小説」と呼ぶそうですが(「成長小説」や「自己形成小説」とも言います)、伝記物も少年時代のパートは教養小説的と言い得ると思います。もう1冊『路傍の石』という推しがありのですが、別の機会に御紹介したいと思います。
