毛利倫 弁護士記事

2025年7月7日(月)

人質司法について

1 人質司法とは

 人質司法(ひとじちしほう)という言葉を聞いたことがありますか。

 そもそも人質とは,現代社会では一般に,強盗犯や立てこもり犯が,銀行員や客,居合わせた住人などを人質に取り金やその他の行為を要求する場面や,身代金目的誘拐犯が,人質を取り身代金を要求する場面などにおいて,その犯人に監禁され身体を拘束されている人のことをいいます。

 人質司法とは,刑事事件において,被疑者や被告人が,否認したり黙秘したりすると,いつまでも釈放されず身体拘束が続く日本の刑事司法の現実を,まるで被疑者や被告人の身体を人質にして有罪判決を獲得しようとするようなものだとして批判される場合に用いられる比喩的表現であり,国際的にも大きな問題だと指摘されています。

 今回は,この人質司法について,少し考えてみたいと思います。

 なお,逮捕されてから勾留され起訴されていく刑事事件における身体拘束に関する手続と,その解放に向けて弁護士が取り得る手段については,時間の流れに沿って詳細に解説した記事を以前この欄に書いたので,詳しくは,拙稿の2024年1月15日付け弁護士記事「刑事事件は時間との闘いである~身体拘束からの解放を目指す弁護活動~」https://www.f-daiichi.jp/blog/tomo_mouri/5224/をぜひご覧下さい。

2 法務省の見解

 否認や黙秘をする被疑者や被告人の身体を人質にして釈放しないという人質司法は,実際に行われているのでしょうか。

 この点,法務省は,2019年末にカルロス・ゴーン氏が,「私は不正な日本の司法の人質ではない」として,保釈中に国外逃亡した事件を契機に,国際的に日本の刑事司法への批判が高まったことから,自身のホームページにおいて,「我が国の刑事司法について,国内外からの様々なご指摘やご疑問にお答えします。」というQ&Aの特集ページを作り,その中で,「日本の刑事司法は,『人質司法』ではないですか。」という質問に対し,以下のように否定しています。

 「『人質司法』との表現は,我が国の刑事司法制度について,被疑者・被告人が否認又は黙秘している限り,長期間勾留し,保釈を容易に認めないことにより,自白を迫るものとなっているなどと批判し,そのように称するものと理解しています。
 しかし,日本の刑事司法制度は,身柄拘束によって自白を強要するものとはなっておらず,「人質司法」との批判は当たりません。
 日本では,被疑者・被告人の身柄拘束について,法律上,厳格な要件及び手続が定められており,人権保障に十分に配慮したものとなっています
 すなわち,日本の刑事訴訟法の下では,被疑者の勾留は,捜査機関から独立した裁判官による審査が求められており,具体的な犯罪の嫌疑を前提に,証拠隠滅や逃亡のおそれがある場合等に限って,認められます。
 また,被疑者は,勾留等の決定に対して,裁判所に不服申立てをすることもできます。
 起訴された被告人の勾留についても,これと同様であり,証拠隠滅のおそれがある場合などの除外事由に当たらない限り,裁判所(裁判官)によって保釈が許可される仕組みとなっています。
 その上で,一般論として,被疑者・被告人の勾留や保釈についての裁判所(裁判官)の判断は,刑事訴訟法の規定に基づき,個々の事件における具体的な事情に応じて行われており,不必要な身柄拘束がなされないよう運用されています。
 日本の刑事司法制度は,身柄拘束によって自白を強要するものとはなっておらず,「人質司法」との批判は当たりません。

3 客観的データや事件で見る日本の人質司法の現実

 では,法務省が否定する人質司法について,まず客観的データを見てみましょう。
 
 日本弁護士連合会の「統計から見える日本の刑事司法」に掲載されている統計データに基づいて説明します。

 日本では,2023年に逮捕された被疑者のうち96.2%が勾留され,このうち起訴され被告人となった場合,起訴後も72.3%の被告人が勾留されました。

 起訴後の勾留から釈放されるためには,保釈が許可される必要がありますが,2023年の第1回公判前の保釈率は,被告人が犯罪事実を認めている自白事件では26.5%であるのに対して,被告人が犯罪事実を認めていない否認事件では11.7%にとどまっています
 
 そもそもの日本の保釈率が低すぎると思いますが,その点はともかく,被告人が犯罪事実を認めているかどうかで,保釈が許可される割合が客観的に倍以上も違っているのが現実です。

 次に人質司法が大きく問題になった実際の事件を見てみます。

 最近の冤罪事件の中でも特筆すべき事件として,警視庁公安部のでっちあげによる違法捜査が厳しく断罪された大川原化工機事件がありますが,この事件では,否認を続け一貫して無罪を主張した3人は,起訴から11か月間保釈が認められず,そのうち一人は,拘置所内で見つかった胃がんにより保釈されないまま亡くなりました。

 この間,実に8回の保釈請求をしましたが,検察は罪証隠滅のおそれがあるとして保釈に強く反対し,人権を守るべき最後の砦であるはずの裁判官も,検察の意見を安易に追認し,保釈を却下し続けました。
 
 本人や家族の怒りや無念さはいかばかりかと思うと,検察や裁判所に対し,弁護士として強い憤りを禁じ得ません。これを人質司法と言わずして何だと言うのでしょうか。

4 自分の刑事弁護での経験

 私自身も,弁護士となって19年間,一定数の刑事弁護をしてきましたが,人質司法に対する怒りを覚えた事件がいくつかあります。

 このうち2013年に担当した詐欺幇助事件では,被告人は逮捕から一貫して犯罪事実を否認していました。

 この事件では,被疑者勾留段階から,家族を含め弁護人以外の者との一切の面会はもちろん手紙のやり取りさえ認めない全面接見禁止がつき,起訴後に至っても,保釈はおろか,せめて家族との面会だけでも許可して欲しいという申立てすら認めないという非人道的対応が続きました。

 このため,私は,家族と会える場を作り出すための勾留理由開示請求をするとともに,接見禁止の一部解除の申立てや保釈請求を何度も行いましたが,ことごとく検察の反対意見が出され,裁判官もそれを追認するばかりでした。

 その結果,被告人は,身体拘束が3か月半を超え、さらに家族や婚約者との間にさえ一切の面会や手紙の授受すら認めてもらえない現状の中で心が折れてしまい、このまま全面接見禁止の状態で勾留が続けられるくらいなら、たとえ有罪になったとしても早く裁判を終わらせて外に出たいという思いに抗しきれなくなり,被告人は、不本意ながら犯罪事実を認めることになりました。

 あまりにも頭にきた私は,裁判官に対し,「被告人を精神的肉体的にここまで追い込んだ責任は,全面接見禁止を請求した検察官,及びそれを不当にも追認した裁判官にあると考える。否認する当事者に対しては,保釈はおろか罪証隠滅のおそれのない家族等親しい者との接見すら認めないというあまりにも不公平極まりない理不尽な対応を目の当たりにして,同じ法曹として日本の刑事司法制度のあまりの後進ぶりにあきれるとともに,それを実践する本件担当の検察官と裁判官に対しては,強く抗議する」という抗議文を提出するとともに,公判の最終弁論においても裁判官批判を展開しました(ちなみに,途中で裁判官が怒り出し,裁判官批判の部分の弁論を制限するという後にも先にも初めての経験をしました)。

5 終わらせよう! 人質司法

 人質司法を巡っては,東京地検特捜部に逮捕され,7か月以上保釈が認められなかった大手出版社「KADOKAWA」の角川歴彦元会長が,人質司法は人間の尊厳を汚し,基本的人権を侵害するとして,捜査に当たった検察官のみならず,保釈の請求を退けた裁判官の判断にも違憲・違法があったとし,「人質司法」の違憲性や国際法違反を正面から問いただす画期的な裁判を始めました。

 日本の刑事司法の闇である人質司法の違憲性が認められ,人質司法が一日も早く終わる日が来るよう私も微力ながら頑張っていくつもりです。

 刑事事件に巻き込まれないことが一番ですが,もし万が一,警察に逮捕された場合,すぐに当事務所にご相談ください。

 弁護士は,必ず,あなたの力になります!

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毛利倫 弁護士

弁護士登録:2006年

弱者救済に取り組む弁護士を目指し、マスコミから転身しました。ともに頑張りましょう!