2026年4月1日から始まる法定養育費とは?
2025年11月28日、父母が離婚した際、子の養育費に関する取り決めがなくても、子を養育する親が相手に一定額の養育費を請求できる「法定養育費」の額について、法務省は子1人あたり月2万円とすることを正式に決めたと発表したことがニュースになりました。この法定養育費とは一体どんな制度で、どういう場合に利用できるのでしょうか。
背景と目的 ― なぜ「法定養育費」が導入されるのか
- これまでは、養育費を支払ってもらうためには、離婚時に父母間で協議するか、あるいは家庭裁判所で調停・審判などの手続きを経て「養育費の取り決め」をする必要がありました。そうした取り決めがないと、そもそも養育費の請求ができず、子どもの生活が保障されないケースが少なくありませんでした。
- 実際、単身親世帯では養育費の取り決め・受給がなされない割合が高く、子どもの生活や将来に不安を抱える家庭が多数存在していたことが、社会問題になっていました。
- このような実情を受けて、離婚後も「子どもの最善の利益」を守る観点から、「養育費の取り決めがなされなかった場合でも最低限の養育費を保障する仕組み」が必要とされ、新たに法定養育費制度が導入されることとなりました。
制度の概要 ― 何がどう変わるのか
・施行時期
- 改正された 民法等の一部を改正する法律(父母の離婚後等の子の養育に関する見直し) による新ルールは、令和8年(2026年)4月1日から施行されます。
・法定養育費の新設
- 離婚の際に養育費について何も取り決めていない場合でも、離婚した親のうち「子どもとともに暮らす親」(監護親)は、もう一方に対し、法律上「法定養育費」を請求できるようになります。
- ただし、この法定養育費はあくまで「暫定的・補充的な措置」であり、子どもの年齢や親の収入など具体的な事情を反映した「本来的な養育費の取り決め」をしたうえでの支払いを、念頭に置いた制度です。
・金額
- 法務省の発表によると、子ども1人あたり月額2万円に決まったとのことです。
- ただし、この金額はあくまで「基準額」であり、必ずしも子どもの生活全てを賄うものではありません。実際の生活状況や教育費、医療費などを考えると、必要額はより高くなる可能性があります。
・適用対象・期間
- 適用されるのは、2026年4月1日以降に離婚した夫婦が対象で、施行前に離婚した場合にはこの制度は使えません。
- 養育費の請求対象となる子どもの年齢は、18歳未満。これは、改正で成年年齢が18歳に引き下げられたことを踏まえたものです。
- 始期は、「離婚の日」であり、請求の時ではありません。現行の制度下では、内容証明などで請求をした時や、調停を起こした時が始期になっていたため、離婚を先行した場合、養育費を受け取ることのできない期間が生じてしまうことが多くありましたが、改正法ではこの点について手当がされています。
- 終期は、協議・審判で子の監護に要する費用の分担が決まった日か、子が成年(18歳)に達した日のいずれか早い日です。
・支払い確保の仕組み――「先取特権」などの整備
- 改正法では、養育費債権に対し 「先取特権(優先的な弁済の権利)」 を認めることとし、差押え手続きが容易になるよう制度整備がなされます。これまでは、養育費の取り決めをしていたとしても、養育費の支払いが滞った時に養育費を支払わなければならない別居親の財産を差し押さえるためには、公正証書、調停調書などの「債務名義」が必要でした。
- (養育費の合意がある場合)改正法では、債務名義がなくとも、取り決めの際に父母が作成した文書に基づいて、差押えの手続きをすることができるようになります。ただし、養育費のうち、先取特権は全ての範囲にあるわけではなく、「子の監護に要する費用として相当な額」とされることになりました(民法308条の2)。この額は、子ども一人あたり8万円です。制度改正によって差押え手続きなどは格段にしやすくなりますが、それでも「口約束」ではその約束通りの額の差押えをすることはできません。合意内容(子どもの人数・年齢、支払方法・頻度、万が一支払が滞った場合の対応など)を書面(できれば公正証書または家庭裁判所の調停調書等)で残すことが、将来的なトラブル防止、支払確保の観点から非常に重要です。
- (養育費の取り決めがなされていない場合)子ども一人あたり月2万円という法定養育費の支払いがされないときは、差押えの手続きを申し立てることができます。法定養育費の額が債務者の具体的な収入等にかかわらず一定の法定額であることから、執行手続きの申し立てにあたって、債務者の収入等に関する事項を記載した文書を提出する必要はないこととなると考えられます。
これにより、相手が支払いを怠った場合でも、財産の差押えなどによって回収可能性が高まります。
実務上のポイント
・法定養育費は「最低保障」 ― 生活実情に応じた取り決めが重要
法定養育費の月2万円はあくまで「最低限の生活を維持するため」の暫定措置と位置づけられています。住宅費、教育費、医療費、食費などを考慮すると、子どもの年齢や家庭の状況によっては、これだけでは到底不十分というのが現実です。そのため、離婚時や離婚後できるだけ早い段階で、親の収入や子どもの必要性を踏まえた「実情に即した養育費の協議・合意」を行うことが望ましいです。
・制度は「過渡的措置」。先を見据えた養育費設計を
法定養育費制度は、あくまで「取り決めがない/決め直すまでの期間をつなぐ最低保障」です。子どもが成長し教育費や医療費が必要になったとき、月2万円では足りないことは明らかです。したがって、将来的には父母ともに収入・扶養能力・子どもの年齢・学費などを見据えて、柔軟な養育費の取り決めをすることが望ましいのです。
・離婚を急ぐ際の「最後の安全網」としての活用
離婚時に急いでいる、あるいは相手と冷静な話し合いができないような場合、法定養育費の制度は「最低限の生活保障」を確保するセーフティーネットとなります。ただ、セーフティーネットに頼りすぎず、できる限り具体的な養育費条項を協議・合意しておくべきです。
・制度適用は「新法成立後の離婚」に限定
すでに離婚している場合や、成立前の離婚については本制度の適用はありません。したがって、過去の離婚で養育費を取り決めていなかった場合、今回の改正を理由に遡って請求することはできない点に注意が必要です。
