はじめに
2026年4月3日、遺言書をパソコン等で作成することを認める民法改正法案が閣議決定されました。「遺言書は手書きするもの」という常識が、ついに法律の次元で覆ろうとしています。
これは突然の変化ではありません。遺言書のデジタル化は段階的に進んできており、すでに始まっている部分もあります。
1.すでに始まっている変化――公正証書遺言のデジタル化(2025年10月〜)
まず、すでに始まっている変化についてご説明します。
2025年10月1日より、公正証書遺言を含む公正証書の作成手続きがデジタル化されました。インターネット上でのメール送信による嘱託(公証人への正式な作成依頼)や、Web会議システムを利用したリモートでの公正証書作成など、手続きを電子的に行えるようになりました。また、作成された公正証書の原本は、従来の紙媒体ではなく、電子データとして公証役場で保管されることになります。
(1)リモート方式の導入
従来の公正証書作成方法は「公証役場での対面」や「出張による対面」だけでしたが、これに加えてWeb会議システム(Microsoft Teams)を利用したリモートでの作成が可能となりました。高齢や病気、遠方在住などの理由で公証役場に出向くことが難しい方でも、自宅等から遺言作成を行えるようになります。
リモート方式には「完全リモート方式」と「ハイブリッド方式」の2つがあり、完全リモート方式は遺言者・証人・公証人の全員がそれぞれ別の場所からWeb会議で参加する方式、ハイブリッド方式は一部の参加者が公証役場に出向き、他の参加者がリモートで参加する方式です。
(2)電子署名・電子データ保管
改正後は公正証書が原則として電子データで作成・保存されます。嘱託人は電子サインをすればよいため印鑑が不要となり、公証人も電子サインと電子署名を行うため、押印は不要となります。
(3)注意点
この新制度は法務大臣が指定した公証人(指定公証人)のいる公証役場から順次対応が始まっており、全国一斉に運用がスタートしているわけではありません。また、リモート方式を利用するためには公証人が「相当」と認める事情が必要であり、本人の真意の確認が困難な場合などは利用できません。 機材についても、パソコン(タブレット・スマートフォンは不可)と電子サインを行うためのディスプレイまたはペンタブレットが必要です。
2.新たな「デジタル遺言(保管証書遺言)」の創設
そして2026年4月3日、さらに大きな制度変更が閣議決定されました。自筆証書遺言に代わる、まったく新しいデジタル方式の遺言制度の創設です。
新しい制度は、法務局が利用者から提出を受け、本人確認をしたうえで遺言書のデータを保管するものです。遺言者本人の意思に基づいて作成したことを確認するため、保管申請の際に遺言の全文の口述が求められます。
また、現行制度を維持しつつデジタルデータでも有効な遺言を作成できるようにするとともに、手書きの遺言で求められていた押印を不要にする改正も盛り込まれています。
現時点では国会審議を経て成立・施行となるため、実際に利用できるようになるまでにはまだ時間がかかる見込みです。
3.「手軽になる」だけではない
二つのデジタル化が進み、遺言書作成のハードルは確実に下がります。しかし、弁護士として強調したいことがあります。
形式より内容が重要です
どちらの制度でも、形式の正しさよりも遺言の「中身」の問題は変わりません。遺留分の侵害、財産の特定不足、相続人間のバランスへの配慮不足など、内容に問題があれば遺言は機能しません。
「簡単に作れる」ことの落とし穴
遺言は作り直しが容易になるほど、どれが最新版か、旧版が撤回されているかを家族が誤解するリスクも生まれます。中立的な専門家の関与が紛争予防として有効な場面は、むしろ増えると考えられます。
デジタル操作への対応
新制度は「手書き」を不要にしますが、「手間」が不要になるわけではありません。新制度の目的は利便性の向上よりも安全性の確保にあり、厳格な手続きが求められます。 特に高齢の方にとっては、デジタル機器の操作自体が新たな負担になりうる点も覚えておく必要があります。
おわりに――今からできること
法案は閣議決定されましたが、新しいデジタル遺言制度の施行にはまだ時間がかかります。「新制度ができてから考えよう」と先延ばしにするより、今ある確実な方法で早めに備えることを強くお勧めします。
公正証書遺言のリモート作成はすでに利用可能です。外出が難しい方、遠方にお住まいの方も、ご自宅から手続きを進めることができます。
「遺言書を残したい」「何から始めればよいかわからない」という方は、まずはお気軽にご相談ください。