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弁護士記事梶原 恒夫:その他

2026年10月25日(日)

和文タイプライター・ワープロ専用機・パソコンワープロソフト、そしてAI

梶原 恒夫

 わたしは、自分の力量やセンスではおよそ書くことができないような文章に出会ったとき、あとで思い起こせるようにとその文章をノートに書き留めておきます。最近では『サタンタンゴ』(クラスナホルカイ・ラースロー著・早稲田みか訳・国書刊行会)という小説から、「哀しげに、不穏な空気と、イナゴの大群に襲われて無惨に枯れ果てた夏の残骸をぼんやり眺めていると、忽然として、同じ一本のアカシアの枝の上を、春、夏、秋、冬が次々と飛び去っていくのが見えたが、それは、時間とはとどのつまり、永遠という不動の球体における戯れなのであり、山あり谷ありの混沌を魔の直線と偽っては、全体を見渡せる高みを創出して、狂気や不条理を必然に見せかけている、そう直感したからなのかもしれなかった……。」という一節をノートに写し取りました。なんだかよくわからない文章だけど、なんとなく奥が深いようにも思えたので…。


 さて、文章と言えば、他の法律家もそうですが、弁護士の法律実務においては、法律文書、たとえば訴状や準備書面、あるいは契約書類などの文章を作成することが極めて大きなウエイトを占めています。弁護士は、的確な内容をもった説得力のある文章を、しかも限られた時間の中で迅速に作らなければならない、という呪縛から逃れることはできない宿命にあると言っても大げさではありません。多くの弁護士は法律文書という製品を作って飯を食っているというのが私のイメージですが、それほど実態から外れてないのではないでしょうか。


 法律実務として文章を作成する以上、それを清書して法律文書という製品にして、裁判所や交渉の相手方や行政官庁などに提出するわけですが、そのために現在は多くの弁護士が自分でパソコンのワープロソフト(ワードや一太郎等)で文章を起案してプリンターで印刷して法律文書という製品を作っています。しかも民事訴訟法の改正により今年5月以降、訴訟代理人は民事裁判書類提出システム「mints」というオンラインの利用が義務付けられているため、もはやパソコンのワープロソフトで文章を作成する以外にありません。


 ところで、私が弁護士となった1989年当時は、コンピューターを使って仕事をする弁護士は極めて少数で、少し前から世の中に出始めたワードプロセッサー専用機(いわゆるワープロ)を使って文章を作成するのが主流になりつつありました。しかし、未だに和文タイプライターも現役の第一線で活躍中で、その頃は当事務所にも2名の和文タイピストが専門職として配置されており、弁護士が手書きした原稿を読み取って職人技の速さでガチャン、ガチャンと一文字ずつ活字で紙面に刻印して法律文書を完成させていました。ワープロのように簡単に削除・修正あるいはコピペなどできません。ですから、一旦和文タイプで刻印した原稿を打ち直すのは大変な作業となるため、弁護士は手書きの原稿段階で何度も推敲して完成した文章をタイピストに渡さなければならず、いきおい原稿作成は真剣勝負となり、その分、文章にも磨きがかかったのではないでしょうか。


 私は弁護士開業当初からワープロ専用機を使って仕事をしました。パソコンを購入し、そのワープロ機能を使って文章を作るようになったのは随分後のことで、自宅で深夜まで「持ち帰り残業」をするべく、毎日何キロもある重たいワープロ専用機を抱えて自宅と事務所を往復していたのを思い出します。ワープロ専用機には印刷機が合体されているのが普通で、ワープロで打った文章をワープロ専用機に一体化している印刷機で印刷して法律文書という製品を作るわけです。パソコンのワープロソフトで文章を作った場合は、パソコンに接続しているコピー機で簡単に印刷できますが、ワープロ専用機についている印刷機はインクリボン(これが直ぐに使い切ってしまう)で印刷するものが多く、コストの関係から印刷のし直しは極力避けなければならず、一旦ゲラを印刷して加除訂正を行うというのは現実的ではありませんでした。


 その後、一人一台のパソコンを持つのが当たり前になり、法律文書の作成もパソコンのワープロソフトを使って行うようになりました。インターネットであらゆる情報が容易に入手できるようになり、インターネットで判例や文献を参照しながら法律文書を仕上げていくこともでき、作業効率は格段に向上しました。そして、今日ではAIの登場であり、既にAIを積極的に弁護士業務に取り入れている人たちは、AIに情報を読み込ませて素案となる文章を作成させ、これをもとに推敲して法律文書という製品を作成しているようです。弁護士の文章作成の基本的スタイルとしてこのようにAIに文章作成の補助をさせるのが当たり前となる日も近いかもしれません。今後、法律実務においてAIの利用が一層強く求められることになるだろうと思います。ただ、私としては、文章の素案をAIに作らせてこれに手を入れて完成させる、という文章作成の手法を取り入れるかどうかについては、未だ慎重に考えるべきではないかと思っています。やはり文章だけは、一から自分の手で書き始めたい、書き始めるべきではないのか、その思いを払拭することができません。基本的に紙と万年筆が好きな私は、こと文章作成に関してはAIと相性が悪いのではないかと感じています。


 最後に、最近私がノートに書き写した文章をもう一つ引用させていただきます。「ここで問われているのは、科学的命題の真偽の問題、あるいは科学が現存するものに立ち向かう仕方の真偽の問題ではない。問われているのは、科学の社会的・歴史的な効果の問題である。そして、この問題に直面した場合には、ひとは倫理的な種類の枠組を課さねばならないのである(課すのであって対置するのではない)。正当にもガダマーは、この倫理性は精神の連続性、すなわち、わたしたちはある一つの共通の状況に属しているという事実と関係がある、と主張している。」(『哲学者の使命と責任』ジャンニ・ヴァッティモ著・上村忠男訳・法政大学出版局)。AIが絡んでいると思われる個人情報の大量流出が連日のように報道されている現実を見る時、「わたしたちはある一つの共通の状況に属しているという事実」の下にあることを痛感します。
                                              以上