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弁護士新着記事

2023年1月17日(火)

大戦前夜あるいは大戦直後を時代設定とする数冊の小説について

弁護士:梶原恒夫

『ファビアンーあるモラリストの物語』(エーリヒ・ケストナー著・丘沢静也訳・みすず書房)

 この小説は、ナチスの焚書の対象として焼かれたとのことだ。小説の時代設定は、ナチスが政権を奪取する1933年より少し前の頃。主な舞台はベルリンである。もうすぐナチスが政権について国民は息のつけない圧政・暴政の下に置かれるのであるが、小説の描写もあと一歩でそのような時代になるであろう雰囲気を漂わせており、読みながら不安がよぎってくる。しかし、それは読み手である私がその後の実際の歴史を知っているからかもしれない。
 ケストナーはこの小説の中で、とりたてて政治的なことを長々と書いているわけではないし、主人公に予言めいたことを何も言わせていない。失業が蔓延し、退廃的な時代にあって、道徳的には根本のところで崩れない一人のモラリストが、あくまでも傍観者的なスタンスで社会を見ているという姿が描かれている。ケストナー自身が書いた「まえがき」によると、この書は警告の書として書かれたもののようである。ただ、この小説を読んで警告のメッセージを読み取るのには、かなりの眼力が必要なように思う。
 今、世界で民主主義が、人権が蹂躙されている。人類の愚行が世界の各地で繰り返されている。ケストナーが警告しようとした当時のドイツの状況と、現在の世界、とりわけ先進国の状況とはかなり異なっているのだろうが、民主主義と人権がかなり危険な状況になっているという点では似ているように思われる。ケストナーの考えた処方箋は、社会の中に「礼節」がいきわたることのようだが、果たしてそのような処方箋でこの厳しい状況が変わるのだろうか。無論、変わって欲しいと切に願うのではあるが。

『このやさしき大地』(ウィリアム・ケント・クルーガー著・宇佐川晶子訳・早川書房)

 購入して1か月以上書架に放置していたが、読み始めると面白くて一気に読んだ。1929年に始まった世界大恐慌の時代を背景に描かれた小説であるが、当時の時代状況について資料を丹念に調査して執筆されたものであり、とてもリアルに迫ってくるものがある。また、アメリカという国が、ネイティブアメリカン、とりわけその子どもたちに如何に酷いことをして来たのかという点についても史実を基にしっかりと描かれている。この小説の優れている点は、そのような厳しい時代の中にあって、心優しい人々が存在したということを温かい筆致で描いていることだ。自分自身が困難な中にありながら、主人公たち少年に対してとても優しく接する人間性を持った人物の存在が描かれており、読みながら気持ちがほんとうに和んでいくのを何度も感じた。そのような人物は作者の創作なのだろうが、実際にもそのような人々は存在したのだろうと思わせる小説であった。

『アコーディオン弾きの息子』(ベルナルド・アチャガ著・金子奈美訳・新潮社)

 約570頁あり、1頁の字数もびっしり詰まっているので浩瀚な書物といえる。バスク文学の本を初めて読んだ。絶滅が危惧された独特の言語であるというバスク語は、現在100万人程の人々が使用しているという。訳が優れているのか、違和感なく読むことができた。扱われている時代は、フランコ独裁体制時代、ファシズムが猛威を振るった時代が中心なので、読みながら重苦しい臨場感があった。ETA(祖国バスクと自由)のテロについても言及されている。
 そうはいっても小説全体の筆致は、決して荒々しいところはなく、種々のエピソードを淡々とした筆遣いで記述されている。回想録という体裁で書かれているため、読み手を回想されている時代に引き込んでゆく効果をもたらしているように感じた。既に死亡した主人公が旧友に託した回想録を基に小説家であるその旧友が一冊の本にしたという形で書かれており、「小説」の中のエピソードに関して当事者がその実際について書いた手紙との対比をするという場面もあり、読み手は、あたかもこの回想録が実際のものであるかのような錯覚を覚える。
 日本において平穏(そうは言ってもいろいろとあるが)に命の危機を感じることなく生活している者としては想像することしかできないが、独裁政治のもたらす苦難は計り知れぬほど過酷であり、その体制が去った後にも決して払拭されることのない怨みや悲しみを残すのだろうと思う。作者は、そのことを私たち余所者にも知ってもらいたいという思いもあったのではないか。

『ベルリンは晴れているか』(深緑野分著・筑摩書房)

 ヒトラーが政権を掌握した1933年からナチスドイツが連合国に降伏した1945年5月直後までを時代設定として、日本人の若い女性の小説家が書いた小説である。この小説をこの若い作家は、どのような意図のもとに書いたのだろうか。国家権力が暴走し、国民がこれを支持し、心ある人々が声を挙げることができない状況の下、自由は圧殺され、人間の尊厳など跡形もなく蹂躙される暗黒の社会。このような社会はあってはならない、そのような願いの結晶としてこの本は書かれたのではないかと思う。私の少ない読書経験からは、この小説がどの程度の文学的水準にあると評価されるのかは分からない。しかし、私はとても筆力のある作家だと思った。この小説は、全くの創作だろうが、当時のナチスドイツ下におけるベルリン市民の日常生活は、おそらくここに描かれているようなものであったのだろうと思う。私が書店でこの本を購入した時、文庫版として改めて増刷された本書はいわゆる平積みで売られていた。したがって、おそらく多くの人が、とりわけ多数の若者がこの本を手にしたことだと思う。多くの人たちがこの小説を通じて過去を学び、今の社会の在り方について考える契機を得たのではないかと思う。

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